2008年7月〜8月『夏の夜のロミオとジュリエット』

2008年7月31日〜8月6日にかけて、トンハさんは、天王洲・銀河劇場にて、ファンタスティック・ミュージカル『夏の夜のロミオとジュリエット』に出演しました。
2005年に、シェークスピアの悲劇『ロミオとジュリエット』を縦軸に、同じくシェークスピアの初期の喜劇である『夏の夜の夢』を横糸にして綴られる恋物語として初演された作品ですが、当時の公演評は決して芳しいものではなく、3年を経て一部キャストを変更しての再演となりました。
トンハさんの演じた役は、天上界の神・ポセイドン。全能の神・ゼウスの弟にして、女神・アフロディーテとの結婚相手として定められている、ちょっとお堅くてプライドが高いけれど、責任を果たす真面目で立派な神様という設定です。(実際のギリシャ神話では、ポセイドンは海を司る神様なのですが、全体的に何に属する神様なのかは、ほぼ無視されていました。)


ダンサー・振付師としてミュージカル界のみならず名前が知られている玉野和紀制作のダンスミュージカル、他のキャストもミュージカルダンサーとして名前が知られている俳優ばかり。
トンハさんも予想以上にダンスの比重が大きく、クラシック系からジャズダンス系からタップダンスまで、一人固くて厚そうな衣装で踊りにくそうではありましたが、誰よりも姿勢良く、正統派に美しく踊りこなしていらっしゃいました。
さすがは国立バレエ団の団員を多く排出するソウルの中央大舞踊科卒業としての面目躍如です。

婚約者への愛を独白する長台詞では、孤独感や寂寥感を感じさせながら徐々に愛する心情の高まりを見せ、ギリシャ神話やシェークスピアならではのクラシックファンタジーの世界を彷彿とさせました。
また、東山義久演じる人間・佐藤ひろしがPOPS系の歌唱法だったのに対し、トンハさんは得意とするロック系POPSの歌い方を封印し、敢えてオペラを思わせる重厚なクラシック調で歌い、人間との差異を明確に対比させました。
そして最後の最後で、自分を見てくれない女性を愛し続け、心に血を流しながら自らの存在を犠牲を払う決意で恋人の救済を祈る歌では、ポセイドンの心を開放してみせると共に、初めて得意のファルセットを解放して心情を歌い上げ、深い叙情性を示すと共に、最後の最後で物語を歌でまとめあげて大きな感情の潮流を作りエンディングへと運び、強く印象に残りました。

  トンハさんは、この1年で『ラムネ』『初恋探し株式会社』『火の鳥』と三本の主演を経験し、表現したいものと、心と、表現方法とをストレートにつなげて提示できるようになりました。
その集大成が前作『火の鳥』我王役だったと思います。
今回の作品自体はややダンス偏重で、凝った音楽の割にはストーリー性の弱さがバランス悪く感じられましたが、それゆえな面白さもありました。
その中において、トンハさんは歌・演技・ダンスがバランス良く安定して表現につながり、全体をひきしめていました。
特に、物語の進行に伴う場面ごとの心情の移ろいが自然で叙情性と合理性があり、物語性の弱さを補完するドラマティックな存在感を示しました。

ファンタスティック・ミュージカル『夏の夜のロミオとジュリエット』は、音楽や言葉の持つ繊細な行間を汲み上げ、自己の表現につなげた、ミュージカル俳優・パク・トンハの、新たな花の目覚めの予感を感じさせる、短い夢のような夏の一夜となりました。